言語化という言葉がよくわからない。物書きなのに
物書きの「なんでだろう」 #1
こんにちは、どてらいです。物書きをやってます。文章を書いて米と味噌を買いながら暮らしています。
突然ですが、言語化という言葉の意味、正しく理解して説明できる方、いらっしゃいますか?
僕はできません。よく意味がわからないからです。
調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、言語化という言葉が何を指しているのかわからなくなります。
そもそも単語に馴染みがねえ
僕自身は物書きになって10年程度。駆け出しの頃は、今ほど「言語化」という言葉は耳にしなかったような気がします。
頻繁に耳に入るようになったのは、ここ数年の話です。
そんな僕が「言語化」について深く考えたきっかけは、昨年、知人から「言語化ワークショップを開いてくれないか」と頼まれたことでした。
「いいっすよ!」とふたつ返事で応えてはみたものの、「言語化」がなんたるや、とんと知らぬ。
さすがに受講者に失礼だと思い、調べ始めました。
がっ、駄目っ……!
巷に溢れる「言語化」について語る書籍を漁っても方法論ばかり。
やれ「言語化が苦手な人は、傾聴から」。
やれ「言語化のはじめの一歩は、頭の整理です」。
違う、そうじゃない。
なぜ、「言語化とは」と、明確に書かれている書籍がないんだ。
なぜ、「言語化」の意味が、共通認識であるかのように書かれているんだ。
方法論より前に、前提のすり合わせやろがい!
憤りながらも、次々に書籍を読破していく日々。
どうやら言語化とは、「思考を相手に伝えるための言葉に変換する脳内作業」を指しているのではないか。
そう解釈し、それを「現時点のどてらいの答え」と位置づけ、ワークショップを乗り切りました。
これはこれで悪くない着地だったと思います。
しかし、喉の奥に小骨が刺さっているような気持ち悪さが残ります。
巷で耳にする「言語化できる」、「言語化できない」といった用途が、たまらなくむず痒く感じたままだからです。
「言語化できていない」は、言語化できている
「ちょっと待って、言語化できてない!」
仕事での打ち合わせで、取り留めのない世間話で、こうした言葉を聞くことが増えました。
その度に、「え? どういうこと?」と、首を傾げてしまいます。
「思考を相手に伝えるための言葉に変換する脳内作業」を「言語化」と定義する。
その定義に当てはめれば、「言語化できてない」という主張は、「言語化できていないという脳内の状態を相手に伝えられている」わけで、それは「言語化できている」ということになるのではないか。
言語化できていないのに、言語化できている。
なんだこれは、嘘つきのパラドックスか?
僕の脳みそは、ショート寸前です。
気になって、気になって、夜しか眠れません。
肌ツヤが良くなって仕方ない。
もしかして、前提となる定義を間違えていたのかもしれない。
これは、もう一度調べてみるしかあるまい!
実は「言語化」は、新語だった?
辞書や辞典、教科書の出版で知られる三省堂が開催している「今年の新語」。
毎年、その年に広まった言葉や今後定着し、辞書に載せてもおかしくない言葉を選ぶキャンペーンですが、「今年の新語 2024」では、「言語化」が大賞に選ばれました。
選評の中で、「言語化」は、もともと学術語として使われていた硬い言葉だったと説明されています。
歴史を遡ると、言葉自体は戦前からあり、戦後になると用例が増え、心理学、言語学、哲学といった分野で、専門的なニュアンスを持つ言葉として使われてきたようです。
もともとは、「思想を言語化する」「概念を言語化する」といった使われ方をしていた。かいつまむと、「言葉にならない何かを、言語という形式に置き換える」といった意味だったのだと思います。
ところが最近、この言葉は日常語になりました。
三省堂の選評によれば、読売・朝日・毎日・産経の全国紙4紙での「言語化」の出現件数は、2010年代までは毎年10件未満〜50件程度で推移していたものの、2020年代には年間200件以上に達する年が多くなったそうです。
きっかけや理由をひとつに絞ることはできません。
ただ、三省堂の選評では、インターネット空間や社会生活の場で、従来にも増して自分を言葉で表現する必要性が高まったことが背景にあるのではないか、と指摘されています。
僕としては、こうした流れの中で、「考えを言葉にできる」という力が役立つ場面が増えたのではないかと考えています。
そのスキルを持つ人が、活躍するようになった。
結果、空前の「言語化ブーム」が巻き起こった。
書店を見渡せば、所狭しと並んでるじゃないですか。「言語化ができるようになる本」みたいなやつ。
ちょっと過熱気味な印象を受ける、あれです。
さりとて「言語化」はよくわからない
そんなわけで、現在、「言語化」という言葉にはふたつの意味があると、僕は認識しています。
概念や思考、感覚といった言葉にならない何かを言語に変換する
自分の思考を、相手に伝わる言語に変換する
しかしながら、先述した「ちょっと待って、言語化できてない!」という使い方。
「『思考を言葉にできていない』を言葉にできているから言語化やろがい!」という僕の疑問は払拭されていません。
そんな話をポッドキャストで喋ったら「世間の『言語化』レベルが高くなっているのかも」と、相棒のハマナカさん。
「今って、『言語化』が、社会を生き抜くための強力な『ビジネススキル』として捉えられているんですよね。ゲームで例えるなら、パッシブスキルみたいな。これは強キャラだけじゃなくて一般キャラも備えていて、全体的なレベルが底上げされている。『思考を言葉にできている』の次のレベル。散らかった思考をまとめて、相手や場面ごとに適した形で出力すること。言うなれば『言語化レベル2』みたいなものが必須スキルになりつつあるのかもしれない」。
なるほど、世間は「思考をそのままお出しする」から「思考を整理してお出しする」というレベルに移行しているということですか。
自分の思考を、相手に伝わる文脈に整理して、言語として出力する
そう捉えると、「ちょっと待って、言語化できてない!」に対する違和感は、僕と相手で新語に対する理解がズレていた、という解釈が自然な気がします。スゲエな相棒。
これらの話も踏まえ、冒頭に戻ります。
そうは言っても、僕は「言語化」という言葉がよくわからない。
つまるところ、現代では「言語化」にはふたつの意味があるわけです。
概念や思考、感覚を言葉に置き換えること
自分の思考を、相手に伝わる文脈に整理して、言語として出力する
特に対話においては、人によって解釈が異なる言葉を用いる必要性を感じないんですね。それ以外の、もっと明確な言葉を選べばいいだけなので。
「言語化」は、この言葉単体では齟齬が発生するリスクがある。
そういった意味で、「よくわからない」。
このへんは、物書きとしての意地なのかもしれません。
これからの「言語化」はどうなるか
時代によって変わりゆく言葉の意味。
「言語化」も、その過渡期にいるのかもしれません。
現在は言語化が優位な時代ですが、「言語以外の伝達方法」がメインストリームになる日が来るかもしれない。
その時、「言語化」という言葉は、「言葉にできない何かを言語に置き換える」という、昔ながらの概念が一般的になるということもあり得る。先祖返りみたいに。
やっぱり僕は「言語化」はよくわからない。
けれど、その先行きについては、とても気になって仕方ない。
その気持ちだけは、たぶん言語化できている。
少なくとも、今日のところは。










「言語化できてない」は、たしかに一度言葉になっているから厄介ですね。
ただ最近は、言葉にするだけでなく、相手が受け取れる形に整えるところまで求められていて、その圧が「言語化」という言葉に全部詰め込まれている気がしました。
便利な言葉ほど、ポケットの中で小銭みたいに増えていきますね。
言語化とは、なんぞや。
を言語化してもらっている。
そんな気持ち。
(言語化できてる?)
ただただ、すごい。