天の川と、海賊と、おばあちゃんと
七夕の日に思い出すこと
こんにちは、どてらいです。物書きをやってます。文章を書いて米と味噌を買いながら暮らしています。
さて、7月7日ですね。七夕ですね。短冊、笹飾り、織姫、彦星。
あれこれ想像するものはあると思いますが、僕は毎年、この日になると思い浮かべるふたりの人物がいます。
ひとりは、母方の祖母。僕のおばあちゃん。
ひとりは、高円寺ジャック・スパロウ。阿佐ヶ谷で暮らしていた頃の友人です。
何を隠そう、このふたり、7月7日が命日。
そんなわけで、七夕の日はこのふたりの顔が思い浮かぶのです。
優しくて強い、ある意味最強キャラのおばあちゃん
おばあちゃんは、7年前の2019年7月7日に亡くなりました。
子どもの頃から溺愛されてきた僕は、親戚一同見渡しても、屈指のおばあちゃんっ子だったそう。そんな僕の記憶に残っているおばあちゃんは、物腰柔らかで、いつも微笑み絶やさない。優しさの塊でした。
一方で、最愛の夫。僕から見たら祖父を早くに亡くし、女手ひとりで伯父と母を育ててきた強い人。納得いかないことがあったら梃子でも動かぬ頑固さを持ち、かといって感情的に責め立てるわけでもなくではなく、相手の話をじっと聞いて、問いを立てつづける。
「どてちゃん、ちょっとお話してもいいかしら」。
これが地味に強い。おあばちゃんの静かなプレッシャーに気圧され、こちらの口数が増えていく。徐々に、自分の理論の破綻に気付いていく。
「参りました」。最終的に、そう言いたくなる。
まるで詰将棋のよう。女傑と呼んでも差支えありません。
そんな優しさと強さを兼ね備えたおばあちゃんが、僕は今でも大好きです。
ああいう人になりたいな、けど、なれないな。
そんな存在です。
おばあちゃんのエピソードに関しては、実はnoteに書いていたりします。
数年前に書いた記事ですが、今でも僕は、これ以上のことを書ける気がしません。
きっと、同じことしか書けないと思います。
なので、サブスタでは、このエピソードは書かない。今のところ。
と、いうことで、今回は高円寺ジャック・スパロウの話です。
海賊にさらわれた20代の僕
改めて、高円寺ジャック・スパロウとは、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』の主人公の仮装をして、高円寺・阿佐ヶ谷界隈に出没する珍妙なオッサンのこと。
本物と見紛うばかりの精巧なコスプレと陽気で気さくな性格で界隈ではなかなかの人気者でした。特に、飲み屋に出没することが多い。まあ、海賊だからね。
web検索で出てくるので、気が向いたら調べてみてください。
まあ、悪いやつじゃねえんですよ。ただ、酒癖が悪い。こいつが酔っぱらってないのを見たことがない。
街を歩いていたら「おーい! どてらい! 飲みにいくぞ!」と声をかけられ、肩を捕まれる。振り返れば、ジャック・スパロウがそこにいる。そのまま行きつけの店に連れていかれ、朝まで飲む。しかも割り勘で。
文字通り、海賊にさらわれるわけです。
上京したてのうぶな僕は、東京って怖い街だと震えたものです。
若かりし僕が感じた「可愛がられる秘訣」
ある日、勤めていたたこ焼き酒場で、朝方イベント出店の仕込みをしていたら、泥酔したジャックが「酒を出せ~」と、乗り込んできたことがあります。
僕も時間が迫っていたから、陽気に対応することができない。いや、それ以前に素面の朝方、仕事中にこのテンションは●意が芽生える。
文字通り、首根っこをひっつまんで店の前に放り投げ、急ぎイベント会場へ。
社長に「仕込み中にジャックが来たんで、とりあえず店の前に捨てときました」とメールを打つと、すぐさま「正しい対応や。俺から説教しとくわ」と返ってきました。
僕より10個くらい年上のオッサンが普通に怒られる光景を想像して、「大人ってなんなんだろうな」と考えさせられたものです。
ところが後日、彼は店に来て、深々と頭を下げたのです。
「ごめん、どてらい。限られた時間の中で仕事してるのに、酔っぱらって邪魔をして。俺も仕事柄、イベント前にピリピリするのは知ってる。なのにごめん。許してくれ」。
自分よりも10も歳上のおっさんが、真摯に謝罪してきたという状況に、僕はたいそう衝撃を受けました。
当時の僕は、血気盛んな20代。人に頭を下げることはあっても、心の中では真っ赤な舌を出しているような、憎たらしいガキんちょです。
だから、わかる。この男、ガチで謝ってる。
悔しいけれど、ちょっとカッコいい。潔い。ジャックのくせに。
とはいえそれ以降、僕らの絡みが変わるわけでもありません。ジャックは相変わらずメンドーなやつだし、僕はヤツを粗雑に扱う。
唯一、変化したのは、腹が立たなくなったことです。許すとか、認めるとか、そういうんじゃなくて、理解する。これが近い。
「そういう人なんだな」と、理解すると、いい意味で長所も短所もどうでもよくなる。
誰かをおおらかに受け入れるっていうのは、そういうことなのかもしれない。気付かせてくれたのがジャックだというのが些か気に入らないけれど。
彼が、老若男女から可愛がられていたのは、そういう人たらしな部分があったからなのかもしれません。
ジャックは最期までジャックだった
さて、そんなジャックは2016年7月7日、交通事故で亡くなります。僕は、店の常連さんから伝え聞いて知りました。
「ふふっ」。
不謹慎にも、僕は笑ってしまった。
そして、店にいた常連さんたちも、クスッと笑った。
「なんだって、七夕の日に死にますかねえ。最期まで、エンターテイナーというか。ジャックらしいというか」。
しんみりするのも違う気がして、僕らはジャックの話を肴に飲み明かしました。
なんとなく、そうやって見送るのが正しい気がして。
そうは言っても、大好きだったおばあちゃんとセットでジャックを思い出すのは、やはり納得できません。ここは譲れない。
「残念だったなどてらい! 死んだのは俺の方が先だ!」と、ヤツの声が聞こえてくるようです。うるせえ。
でも、僕のおばあちゃんのことです。きっと、天の川で大騒ぎしているジャックを呼び止め、「じゃっくさん、少しお話ししてもいいかしら」と、ヤツを気圧していることでしょう。
いつか、向こうに行った時には、そんな風景を見てみたいもんだ。
あ、でもそれに巻き込まれるのは嫌だな。だったら、まだ向こうに行くわけにはいかないな。
毎年、七夕にはそんなことを考えたり、考えなかったり。
今日もまた、空を見上げて見たりして。






持ってるんですよね。
どてらいさんは…
酒癖の悪さはボクの父を思い出してしまった いい人なんですけどどうにも酒癖が悪かった こういうインパクトしか今は思い出せない