僕はペデストリアンデッキのことだけ考えて暮らしたい
ペデストリアンデッキ偏愛記 #0
こんにちは、どてらいです。物書きをやってます。文章を書いて米と味噌を買いながら暮らしています。
突然ですが皆さん、「ペデストリアンデッキ」をご存知でしょうか?
駅の空中階の出口から出たら、そこは高架上の広場だった。
いわゆる「駅前デッキ」。見たことあるでしょう?
あれです。
僕ぁ、こいつが滅法好きでしてねえ。お出かけの目的地をペデストリアンデッキにすることもしばしば。
なんだったら、今この記事は田無駅のペデストリアンデッキで書いてるくらいです。
心地よい、美しい、優しい、かわいらしい、かっこいい、賢い、素晴らしい、愛おしい。かいつまんで話すなら、全部いい。
ああもう、好きだ。大好きだ。抑えきれない。
ただただペデストリアンデッキを愛でるだけ。
それ以上でもそれ以下でもない記事を、勝手気ままに書いていきます。
ペデストリアンデッキ。それは駅と建物をつなぐもの
「ペデストリアン」は、英語で「歩行者」という意味。
国土交通省が発表している文面を読み漁ると、ペデストリアンデッキは「公共用歩廊」であり、「道路上に設けられた高架の歩行者専用道路」として扱われています。スカイウェイ、スカイウォークなどと呼ばれるものも含まれるんですって。
ざっくり言えば「歩道橋」の仲間です。
でも、ただの歩道橋じゃねえぞ。
道を渡るだけじゃねえ。
駅と周囲の建物を直接つなぎ、汚れた地上に降りることなく、超快適に大手を振って歩くことができる。
歩道橋を超えし、ウルトラスーパーデラックス歩道橋。
それがペデストリアンデッキなのである!
……と、鼻息荒く叫び散らしましたが、「駅と建物をつなぐものすべてがペデストリアンデッキ」と定義づけている資料を、僕は見つけられていません。
国土交通省の「歩行空間ネットワークデータ整備仕様」では歩道橋の説明として、道路や鉄道などを横断するための歩行者用の橋に加えて、「駅や民間施設等をつなぐペデストリアンデッキ」も挙げられています。
ここからは僕の解釈ではありますが、おそらく「都市計画や駅前整備の中で、歩行者の動線として設計・整備されている高架の歩行者空間」を、ペデストリアンデッキと呼んでいるのだと思います。
だからなんだ。
いいんですよ、この謎めいた感じで。
雰囲気で「これは歩道橋」、「これはペデストリアンデッキ」とわかる感じがたまらなくいい。
数週間前に、「言語化ってどんな定義なんじゃい」と文句垂れていた男とは思えないですよね。
好きなものを目にしたら、人間こんなもんなんです。
また、名前がかっこいいんだ。
ペデストリアンデッキ。ペデストリアンデッキですよ。
スカイウェイとか、スカイウォークとかいう別称もあるらしいけれど、こんなん、ペデストリアンデッキ一択でしょ。
ペデストリアンデッキ。
何かの奥義みたいじゃないですか。
一見読みにくいようで、意外とすらすら読めるじゃないですか。
自分に子どもができたら、「パパ」より先に教えますよペデストリアンデッキ。
声に出して読みたい、何度でも。
ここも快感ポイントなんです。
静と動を兼ね備える、堂々たる佇まい
ペデストリアンデッキってのは「通路」だけじゃない。「広場」も兼ね備えているのです。
駅を出たら、だだっ広い空間があって、場所によっては植栽やベンチが設置されている。
時には時計台があったり、アート作品があったりと、「滞在」を許される設計になっている。
そして、足早に過ぎていく人もいれば、誰かを待っている人もいる。
歩き疲れて休んでいる人もいるし、なぜだかぼうっと空を眺めている人もいる。
よく見てみれば、歩みを進める人々は列をなし、留まる人々のスペースを侵さず、両者が衝突することはありません。
まるで川の流れのよう。
この、静と動が美しい。アニキと呼びたい堂々たる佇まい。
永遠に眺めていられます。
でっかいデッキは、一日過ごせる楽天地
ペデストリアンデッキにもいろいろあります。
例えば、立川駅前ペデストリアンデッキは、デッキ自体が広く、接続している建物も多い。
その気になれば1日ペデストリアンデッキの上で過ごすこともできます。
最高です。
地上になんて降りたくないです。
せっかく天上人になったのに、なぜ信号やらに遮られる下界に降りなければならないのでしょうか。
また、自然と一体化しているペデストリアンデッキもあります。
多摩センター駅前ペデストリアンデッキは、デッキから続く住宅地も歩車分離の遊歩道となっていて、境目がわかりません。
空中回廊をゆうゆう歩いていたら、いつの間にか山道に入り、やがて人里に入る。
リアルでオープンワールドのゲームをしているような感覚です。
さらに、さいたま新都心なんかは、ペデストリアンデッキをたどって北与野駅に着いてしまうという、マニア垂涎の設計となっています。
浜松町から竹芝をつなぐペデストリアンデッキも同様にふたつの駅をつないでいる。
こっちは浜松町から竹芝方面に向かうのがおすすめ。なぜなら、海があるから。
デッキを歩いているときはビルに遮られて見えなかった海が、竹芝駅を越えた途端、眼前に広がる!
ひゃっほう! アガるぜえ! この瞬間を待ちわびてたんだ!
このように、でっかいペデストリアンデッキは、一日中過ごせてしまう最高の空間なのです。
デッキが醸し出す文化の香り
ペデストリアンデッキは、大きければいいかといえば、そうじゃない。
大事なのは、デッキから感じる「街」なんです。
例えば、溝の口駅はブレイキンの聖地と言われていますが、多くのダンサーは駅前の空間で腕を磨いてきたそうです。
海老名駅前ペデストリアンデッキは、公にストリートミュージシャンの利用が認められていて、平日、休日ともに多くのアーティストとファンが交流している様を目の当たりにします。
単なる橋じゃないんだよね。
単なる広場じゃないんだよね。
ペデストリアンデッキには、文化があるんですよ。
その文化が、街を彩る。
これって、すごく尊いことじゃあーりませんか?
僕は、ペデストリアンデッキを軸にして駅を見ている
もっと言いたいことはありますが、それを語るとキリがないので、今日のところはこのくらいにしておきます。
最後にひとつ言いたいことは、ペデストリアンデッキを軸にして駅を見ると、なんだか見え方が変わるということ。
例えば、知らない駅に足を運ぶとき、「ペデストリアンデッキ、あるかな」と、わくわくします。
なんだったら、ペデストリアンデッキがあった時のために、少し早めに家を出ます
なかったらなかったで、「まあ、そんなもんだよな」と、簡単に諦めがつきます。
でも、ペデストリアンデッキがあろうものなら、天にも昇る気持ちです。隅から隅まで歩いちゃいますね。
大きかろうが、小さかろうが、関係ない。
それがペデストリアンデッキというだけで、街に興味を持つことができる。
興味を持って歩いていくと、不思議なことにその街を好きになる。
言い換えれば、ペデストリアンデッキの数だけ好きな街が増える、ということ。
何を言ってるかわからねーと思いますが、僕はこんなスチャラカでおめでたい脳みそで生きています。
幸せですよ。
ペデストリアンデッキを愛でる日々。
みなさんも、ペデストリアンデッキと出合ったら、少し立ち止まって周囲を見まわしてください。
そこは、ピースフルな解放区。
きっと、憩いの場になるはずだから。
次回以降は、僕の推しペデストリアンデッキを暑苦しく語っていくぞ!











いろんなペデストリアンデッキがあって見応えがありました!
多摩センター行きたくなりました✨
推しペデストリアンデッキ特集いいですね^ ^ 偏愛っぷりが楽しかったです。