熱い文章をクレバーに書く! AIとの差別化は、4つの「情」をぶちこめ!
物書きの「なんでだろう」 #4
こんにちは、どてらいです。物書きをやってます。文章を書いて米と味噌を買いながら暮らしています。
AIの発展著しい昨今、「AIが書いた文章との差別化」が叫ばれていますね。
しかしながら、僕自身も日々、戦々恐々としています。
考えてみてください。もし、僕の文章がAIっぽかったら。
「あっ。このどてらいとかいうやつの記事、AIっぽくね?」
「うわ、本当だ。だっせえ! くっせえ!」
「こいつのこと、これから『AIうんこ野郎』って呼ぼうぜ!」
ひいい! せめて、もっと捻りのある呼び方を考えてくれえ。
恐ろしい話です……想像すると不安で、夜、8時間くらいしか眠れません。
僕と同じような不安を抱えている人は、数多くいるでしょう。
まさに今日、耳にした風の噂では、「AIっぽいと思われないために、わざと誤字を入れている」という人もいるとか。
フォロワーさんと「これは違くね?」と、首を傾げたものです。
嗚呼、世も末だ!
人間らしい文章って、そういうことじゃねえだろう!
その身と心に秘めた熱い気持ちを、文章に宿すことやろがい!
そんなわけで、AIとの差別化。僕は「温度」じゃないかと思います。
人間には体温があります。AIには体温がありません。
わかりやすいですね。
なので、文章に温度をのせれば、AIとの差別化ができます。
やったね! これで安心だ!
ただし、文章に温度をのせるというのは少しばかりコツが要ります。
そこで今日は、暑っ苦しい文章に定評のあるワタクシめが、文章に温度をのせるコツをお伝えします!
熱い文章は、いやらしいくらいクレバーに書け!
「暑っ苦しさ」を芸風にしている僕ですが、いざ、文章を作る時にはめちゃくちゃクレバーに書いてます。
導入は、小粋にテンポよく運びたい。
序盤でちゃんとしたこと書ける人だと気づいてもらいたい。
ちょっとだけ、グッと来る部分も差し込みたい。
その後に来る特大のアホ話で、最大の盛り上がりを作りたい。
でも、最後はきれいにまとめたい。
どうせなら、「うまいこと言いやがって」と言われて終わりたい。
……なんだかこうやって書き連ねると恥ずかしいな!
こんなこと言わすんじゃないよ!
言い出したのは俺か!
ゲフンゲフン。
そんなわけで、文章には「要素」っちゅうもんがあります。
それをどんな順番で、どのような形で組み込むか。
我ら物書きは、ここに心を砕いているというわけです。
では、その「要素」ってのはなんなのか。
それは、4つの「情」だと、僕は考えます。
文章を構築する4つの「情」とは?
文章を構築する4つの「情」。
「情報」、「情景」、「情緒」、そして「情熱」。
ここからは、僕が文章を構築する際に整理する順で、説明していきますね。
情報
誤認のない事実を、正しい言葉で、簡潔にわかりやすく伝える。
そこに自分の考えは要りません。
必要なのは、確固たる事実。
まずはこれです。これを押さえないと、読者に嘘をつくことになる。
なぜ、読者に嘘をついてはいけないか?
それは、誤った情報を信じた読者に不利益をもたらすから。
良くない例を書きましょう。
実は、どてらいは藤井風と瓜二つである。骨格が似ていると、声質も似る。つまり、どてらいは、藤井風と同じ声で歌えるということなのだ。
はい! これは嘘松! 骨格が似ているからと言って、どてらいが藤井風と同じ声で歌えるとは断定できません!
第一、この文章には「どてらいは激烈に音痴である」という超重要な情報が書かれていない! 隠ぺいだ!
想像してください、この文章を読んだピュアなA子ちゃんが、「ねえ、この記事によるとどてらいさんって、藤井風と同じくらい歌がうまいんだって。もし本当なら、憧れちゃうな~」と、友人B子ちゃんにうっとりとした表情で話す様を!
「ちょっとA子~。あんた、あたしを騙したわね」。
「えっ、なに言ってんの、B子ちゃん」。
「どてらい、一緒にカラオケ行ったけど、クソ音痴。あまりに下手すぎて機械が壊れるほどだったわよ」。
「だって骨格が藤井風に似てるから、声も似てるって……」。
「てか、藤井風に全然似てなかったし。A子の嘘つき! もう知らない!」
「ま、待って、B子ちゃん。それは私が言い出したわけじゃ……」
嗚呼、なんてかわいそうなA子ちゃんと僕!
不正確な情報を書くことで傷つくのは、筆者ではありません。読者なのです。
情景
これは素直に「情景描写」と言った方がわかりやすいですね。
目に映った景色を、文字で描き出すこと。
例えば、僕はペデストリアンデッキが大好きです。いわゆる駅前デッキ。あれです。
過去にペデストリアンデッキについて暑っ苦しく語ったトンチキ記事を書いたとき、僕はまず「情報」を並べました。
「ペデストリアン」は、英語で「歩行者」という意味。
国土交通省が発表している文面を読み漁ると、ペデストリアンデッキは「公共用歩廊」であり、「道路上に設けられた高架の歩行者専用道路」として扱われています。スカイウェイ、スカイウォークなどと呼ばれるものも含まれるんですって。
言葉の意味はわかりますよね。でも、風景が目に浮かんでくるかと言えば、そうでもないと思います。
よしんば浮かんだとしても、僕がみなさんに伝えたい景色とは違うはず。
だから、「情景」を書いたんです。
駅を出たら、だだっ広い空間があって、場所によっては植栽やベンチが設置されている。
時には時計台があったり、アート作品があったりと、「滞在」を許される設計になっている。
そして、足早に過ぎていく人もいれば、誰かを待っている人もいる。
歩き疲れて休んでいる人もいるし、なぜだかぼうっと空を眺めている人もいる。
よく見てみれば、歩みを進める人々は列をなし、留まる人々のスペースを侵さず、両者が衝突することはありません。
どうです? 完全一致ではないにせよ、「情報」と「情景」で、絵が浮かんできたと思います。
情緒
これは、心の動きですね。「情報」をもって「情景」を目に焼き付けて、僕が何を感じたか。
これがすごく大事。「情報」と「情景」までは、説明に過ぎないんです。
先ほどの文章の続きに、僕はひと言「情緒」を加えています。
まるで川の流れのよう。
この、静と動が美しい。アニキと呼びたい堂々たる佇まい。
永遠に眺めていられます。
「歩いている人と留まっている人がいます」という情景に対して「それは川の流れに見えました」、「それはアニキと呼びたくなる堂々たる佇まいでした」、「それは永遠に眺めていられます」と、加えることで、僕の感情の動きが見えるというもの!
どうです?
ちょっと物書きらしいでしょ?
情熱!
さて、みなさん。うっすら感じていると思いますが、現時点で結構「文章に温度がのってきた」と感じていませんか?
実は「情報」と「情景」、「情緒」を組み合わせることで、おおむね文章ってのは「ああ、人が書いたんだな」と感じさせられるだけの温もりを宿すことができるのです。
ですが、忘れてもらっては困ります。
この記事は、「文章に温度をのせる」ことがテーマではない!
「暑っ苦しい文章を書く」ことがテーマなのだ!
暑っ苦しさ。それを表現するのは「情熱」しかあるまい!
その対象を、どれほど愛しているのか!
その愛が、どれほど偏っているのか!
その偏りが、どれほど自分にとって大事なのか!
ここからは僕の解釈ではありますが、おそらく「都市計画や駅前整備の中で、歩行者の動線として設計・整備されている高架の歩行者空間」を、ペデストリアンデッキと呼んでいるのだと思います。
だからなんだ。
いいんですよ、この謎めいた感じで。
雰囲気で「これは歩道橋」、「これはペデストリアンデッキ」とわかる感じがたまらなくいい。
数週間前に、「言語化ってどんな定義なんじゃい」と文句垂れていた男とは思えないですよね。
好きなものを目にしたら、人間こんなもんなんです。
また、名前がかっこいいんだ。
ペデストリアンデッキ。ペデストリアンデッキですよ。
スカイウェイとか、スカイウォークとかいう別称もあるらしいけれど、こんなん、ペデストリアンデッキ一択でしょ。
ペデストリアンデッキ。
何かの奥義みたいじゃないですか。
一見読みにくいようで、意外とすらすら読めるじゃないですか。
自分に子どもができたら、「パパ」より先に教えますよペデストリアンデッキ。
声に出して読みたい、何度でも。
誰に理解されなくてもいい。
けれど、これだけは言いたい。
それを自分勝手に詰め込む。
それによって、やたら暑っ苦しい文章に仕上がるってわけ。
きっと、それぞれの「らしさ」がある
さて、ここまで鼻息荒く話してきましたが、僕の「暑っ苦しさ」という芸風は、AIではなく、他のライターとの差別化のために身に着けたものでした。
僕が仕事をいただいている『散歩の達人』という雑誌は、なんだかんだ創刊30周年を迎えた長寿雑誌です。
そこには海千山千の猛者どもがしのぎを削っている。
僕なんか、スライムです。一撃で力尽きます。
「情報」の捉え方も、「情景」の描写も、「情緒」の美しい表現も、誰にもかなわない。
でも、「埋もれてやるもんか」という「情熱」だけはあった。
それが表現力に転化して、「暑っ苦しさ」という芸風に昇華した。
言ってみれば、生存戦略だったわけですね。
なので、冒頭で話していた「AIとの差別化」。
僕は現状、不安はないです。
もっと言えば、AI使って執筆している人がいても、それでその人の持ち味が出るなら、別にいいとすら思ってる。
ただ、僕は「どてらいさんの、暑っ苦しい文章をください!」という編集さんの気持ちに真正面から応えたいから、自分自身で書いてるだけ。
「あいよォ! 情熱モリモリ阿保マシマシね!」と、納品して、「最高です!」と言ってもらえるのが嬉しいだけ。
それぞれの「らしさ」や「書き方」があっていいと思います。
暑っ苦しい必要もない。
僕でいう「情熱」に何が入るか、それぞれ違うから面白いんです。
ただひとつ、心がけなければならないのは、読んでいる人の顔を思い浮かべること。
言葉は、発した瞬間に自分のものではなくなります。
それを受け取った人のものになる。
そして、その人に少なからず影響を与える。
物を書く以上、その重みは常に持ち合わせておきたいものです。
冒頭に触れた、「AIっぽいと思われないために、わざと誤字を入れている」なんて、僕にしてみると、最大のタブーなんすね。
そのうえで、楽しく、自分らしく書くことができれば、最高なんじゃないでしょうか!
今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!
実は前回、「次は文章力とはなんぞやについて語ります」と言っていたのですが、ちょっと予定を変えて「文章力以前の心構え」の話をさせていただきました!
次回は、「文章力解剖学」をお送りします!
ぜひ、また読んでくだされ~。
ほなほな











AIの文章なんて眼中にないのかもしれないけど、これからの時代、どてらいさんの文章はますます真価を発揮しますね!
どてらいさん…!!!最高でした…想像の200万倍素晴らしい文章をありがとうございます!!!!!
今朝のモヤモヤを、こんなにも超スピードで、こんなにも学びのある内容にまとめていただけるなんて。感動です。大尊敬です。
内容はもちろんですが、インプット(モヤる噂)からアウトプット(この記事)への変換の仕方まで、めちゃくちゃ勉強になりました!!超スマートです✨